維持より打破を。言葉の取説~『紋切型社会-言葉で固まる現代を解きほぐす』レビュー~
決まり切った言葉は、本来あるはずの多様性を無視して排除する。紋切型の言葉で大雑把につながる人たちにとって、大雑把につながれない人たちは、単なる厄介者。“みんな仲良し”とばかりに、なんでもシェアするくせに、みんなとちょっとでも意見を異にするマイノリティとは、議論をすることもなければ、新たなつながりを紡ぐこともなく、ばっさり切り捨てる。
紋切型の言葉が濫用され、ホイホイシェアされていくことで、社会から個人が弾かれる。
『紋切型社会-言葉で固まる現代を解きほぐす』は、紋切型の言葉で拘束され、閉塞感が増した社会に風穴をぶち開ける本だ。
すらすら読める本ではない。そこに価値がある
巷にあふれる“感動しました!”が大嫌いな私にとって、胸がすく本である。「おもしろくて、一気に読んじゃいました! ☆☆☆☆☆」と、ここでどこぞのレビューのごとく紋切型の表現で評価したのでは、人がつながる可能性をぶった切る仲良しこよしの加害者に私も加わってしまうことになる。だから、そんなことはしない。
第一、すらすら読めるような本ではない。筆者の武田砂鉄はライターだけあって、その文はリズミカルで読みやすい。それは間違いない。しかし思考を深め、紋切型社会から弾かれた現実を見据え、可視化していく言葉は無骨である。その思考を追おうとすれば、こちらも見逃してきた現実にまた目を向けることになるため、それ相応の困難が伴う。
“ふわふわのタオル”みたいな文体で、やさしくふんわり読者を包み込んでくれるような本ではないのだ。
自分が理解できる範囲の物事しか理解しないことは罪である
“ニッポンには夢の力が必要だ”
“なるほど、わかりやすいです。”
“逆にこちらが励まされました”
など、耳蛸な紋切型言葉をばさばさと捌く筆者。
これを揚げ足取りだと笑う者は、多数派の中で安穏とあぐらをかき、ただでさえ生きづらいマイノリティの背中を蹴飛ばす自民党……もとい、鬼畜と同じ。自分が理解できる範囲の物事しか理解しないことは罪である。
牙の鋭い本だ。しかしユーモアもある。ところどころに敢えて紋切型の言葉を使っているので、思わず笑ってしまう。ただし笑いでさえも、ただの笑いに収めておいてくれはしない。笑うことで、その言葉の卑怯っぷりが、こちらの記憶に深く刻まれるようになっている。実によく研がれた、骨に食い込む牙である。
読者よ、あとは頼んだぜ!
本書の最後は、こんな言葉だ。
“本当の主役は、あなたです”
24時間テレビでお馴染みの押し売り文句。うっとうしいことこの上ない常套句である。が、しかし、よーく見るとこの本には、ここにもちゃんと牙が潜んでいる。しかも極上の牙だ。
この言葉には「。」がない。句点がない。つまり、この本は閉じていない。終わっていない。全てを読んだ読者に、「ここまで読み通したのなら、おわかりですよね? 言葉を緊縛から解き放ち、紋切型社会を打破して人を自由にできるかどうかは、現実の社会に生きるあなたの問題なのですよ。これを読んだあなたは、よもやこれからは加害者言葉を使わないですよね」と行間で語り、迫っているのだ。
馴れ合いの言葉に仮託して、自ら考えることを諦めることを許さない。その姿勢を最後まで貫いている。
好きだな、こういう本。己の思考を揺るがせてくれる。今年はまだ半分も終わっていないけれど、2016年に読んだベスト1だ、こりゃきっと。“ホント、感動しました”